1898年にトーマス・マンにとって最初の短編集が発表されるが、これに収録された『小フリーデマン氏』はそのタイトルを飾るもの。
この作品自体は1896年に発表されており、マンの初期作品の中では最も重要な作品のひとつ。1990年には映画化もされている。

あらすじ
失恋

アルコール中毒の乳母の過失により、生後1ヶ月のころに台から落下してしまい、小さく胸の突き出た奇形な体型となったヨハンネス・フリーデマン。
16歳になったヨハンネスは、同い年の娘に恋をするが、彼女がある日恋人とキスを交わしているのを見ると、彼はその場を静かに立ち去るのだった。
その後、二度と恋をすることはしまいと決心した彼は、音楽や文学、とりわけ芝居に親しみ始める。エピキュリアンとして、穏やかな日々を過ごした彼は、30歳の誕生日を迎えるのだった。
ゲルダ

ある日、資産家である中佐とその妻ゲルタが、首都からフリーデマンらが住む地域に移動し、屋敷での生活を始める。
市立劇場で『ローエングリーン』が上演された際に、偶然ゲルタの隣に座ることになったフリーデマン。彼は蒼い顔をしながら、隣に座る夫人を横目で観察していく。
そして、ゲルダの扇が落ちたとき、これた拾ったフリーデマンに対して彼女は嘲るような微笑を湛えながら感謝を伝える。その時すでに彼は、彼女の虜となっていた。
最期

ゲルダのもとを訪れることにしたフリーデマンは、彼女から集会への誘いを受ける。その場にいた人は彼に関心を持たず、彼自身もゲルダのみを眺めていた。
そして彼女は不意に立ち上がり、彼を連れて庭へ出たのち、並木道を歩って河の方まで歩くのだった。
フリーデマンはしかし、ゲルダを想うあまり泣き始め、あえぐように彼女への愛を告げる。そのとき彼は、夫人の手を取って、彼女の膝に顔を押し付けていた。
しかし、彼女は蔑むように笑ってフリーデマンを思い切り投げ倒して去るのだった。そののち彼は、妙に心地よい憎悪を感じながら、腹這いで川の中へと向かっていく。
Point
出会い

三十回目の誕生日を迎え、それまで淡々と生きてきたフリーデマンに起きた大きな転換点、それがゲルダとの出会いだ。
そこへあの女が出てきた。出てこなければならなかった。それは自分の運命である。あの女自身が、ただあの女だけが自分の運命なのである。最初の瞬間から、自分はそう感じなかったか。あの女は来た。
トーマス・マン(実吉捷郎訳): 『小フリイデマン氏』
最初の失恋から、苦悩を恐れて恋愛を避けてきたフリーデマンが、ゲルダの抗いがたい魅力に引き寄せられていく。
幼児の時の事故が原因で、その外見にハンディを負うこととなった彼が、積極的にゲルダのもとを訪れ、交流を図ろうとする。
その行動には確かに、彼が抑圧してきた心情が静かにではあるが、暴力的に溢れている様子が表れている。
ゲルダと破滅

フリーデマンはすでに彼女を意識し始めた頃から、その恋が「自分を滅ぼす」ものと認識していた。それでも彼は、なかば投げやりな気持ちでゲルダに近づく。
そして他方でゲルダもまた、フリーデマンに対して嘲りを含んだ親切さで接するのだが、その振る舞いはすでに自制を欠いた彼をさらに飲み込んでいく。
そして、作品のクライマックスでは、彼女にすがるフリーデマンに対して、次のような行動に出る。
しばらくして夫人は、やにわに、短かい勝ち誇った、さげすむような笑い声をあげながら、両手を男の熱い指から、一気にさっと引き抜くなり、男の腕をつかんで、横倒しに思い切り投げ倒したかと思うと、ぱっと立ち上って、並木道に姿を消してしまった。
トーマス・マン(実吉捷郎訳): 『小フリイデマン氏』
ここでの彼女の行動は、単にフリーデマンに対する嫌悪からくるものではなくて、勝ち誇るようなさげすみによるものだった。
こうしてゲルダに打ち捨てられたフリーデマンは、彼女や自らへの憎しみを抱きながら最期を迎えるのである。
さいごに
初期のトーマス・マンの作品の中では、おそらく最も著名な『小フリーデマン氏』。
人物が情熱的な愛への衝動に突き動かされ、破滅へと歩んでいく様子は『ヴェニスに死す』の主人公などにも見られ、マン作品の重要な構成要素となっている。
以前紹介した『道化者』もまたそうした作品の一つであり、こちらも『小フリーデマン』と合わせて、ぜひ読んでいただきたい物語だ。


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