愚かな、というよりは狂気に陥ってしまった人が集められる場所、それが『愚者病院』(Das Narrenspital, 1681)。
なんとも怪しい作品名だが、中身もしっかり怪しい。ただ、文学作品における愚者や狂気は、とにかく人を惹きつけてやまない。
これまで僕の専門についてお話しすることはなかったが、中世から近世までの愚者や愚のテーマを扱っている関係上、こうした作品に触れる機会が多い。

精神病院の歴史的な背景についてもご紹介。
著者について


ヨハン・ベーア(Johann Beer, 1655-1700)はバロック期の詩人・音楽家。
様々なペンネームで執筆を行なっていたため、その存在が明らかになったのはかなり最近のこと。
バロックを代表する作家グリンメルスハウゼンから大きな影響を受けており、ピカレスク小説というジャンルに属する作品を著していた。
その代表作としては、今回の『愚者病院』のほか、『阿呆物語風世界のぞきからくり、あるいはヤン・レプフーの冒険』(Der Symplicianische Welt-Kucker, oder Abentheuerliche Jan Rebhu, 1677-16799)など。
あらすじ
物語は主人公ハンスの視点から語られ、まず彼が学校から逃げ出し、田舎貴族のローレンツという人物と出会う様子が描かれる。
彼は極めて怠惰かつ不精者な人物なのだが、ある日彼はハンスとともに愚者病院を訪れる。その施設の院長は、二人にさまざまな狂気に陥った人々を見せてまわる。
そののち、ハンスは誰が最大の愚者であるかと尋ねるローレンツに対し、それは享楽や怠惰で満ちた生活を送る自分たちだと語るのだった。
Point
愚・狂気
作品の根幹となる人間の愚・狂気。精神的に常軌を逸した者たちが集められるという設定は、当時の西洋における精神病患者への処置が関わっている。
ミシェル・フーコーは『狂気の歴史』の中で、17世紀のヨーロッパ諸国における患者の収容施設がどのような機能を持っていたのかを記している。
監禁の空間を形づくりつつ、その空間に隔離の権能を与え、狂気に新しい母国を指し示した行為
ミシェル・フーコー(田村俶訳): 狂気の歴史-古典主義時代における, 第19刷, 新潮社, 1990, 74頁.
そこで行われていたのは、今日の僕たちが想像するような「治療」ではなく、患者を人々から隔離するための「監禁」であった。ドイツ語圏では、1784年にウィーンに建てられた愚者の塔が代表的。



当時の人々が持っていた精神病への感性が表れているね。
愚への諷刺
作品のテーマは西洋の精神病患者への措置を背景としている一方で、著者ベーアは物語の中で狂人たちを一種の見せ物として扱い、これを通してその外部の者たちへの諷刺を行う。
「ハンス」と主人は帰り道に私に言った。「我々はあの病院で多くの愚者を見てきたが、誰があの中で最大の愚者であったと思うか?」「ご主人様、最大の愚者は私とあなたです。」
Johann Beer(Yu訳): Das Narrenspital. Capitul XXV.
キリスト信仰を蔑ろにし、誰の利益にもならない飲み食いに明け暮れるローレンツと、日々を無為に過ごして何も果たせず、最後には愚者病院どころか刑務所に入りかねないと考えるハンス。
物語の語り手であるハンスは、自分と自らの主人がいかに愚者であるかを、病院にいた愚者たちを目にして自覚させられるのである。
そしてこれは同時に、この世の中の人々もまた、同様に愚者であるという諷刺でもある。物語は次のハンスの言葉によって締めくくられるのだ。
私はさらに余計なことをせずに、聖人伝を読むことに取り組み、今週は次のことについて考えたいのだ。いかに教父たちにとって、ほとんどの人たちに関わる永遠の救済が重要であったか、さらには今の世がいかにその救済を重要視せず、むしろ永遠に続く愚かさという阿呆頭巾を、まったくもって頭に被り、そして自ら— ああ、悲しい言葉だ—永劫の淵へと墜落してしまうのかということを。
Johann Beer(筆者訳): Das Narrenspital. Capitul XXV.
さいごに
今回はおそらく、今までに記事のなかで扱ってきた作品の中では、最もマイナーなものについてご紹介した。
日本語訳も僕の知る限りではまだ出ておらず、とくにオススメしたい作品というわけではないのだが、研究用のメモとして残しておく。
ドイツ文学のバロック期には、こうした不思議な作品もあるということが、これを読んでくれた方に伝われば幸い。



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