【ドイツ文学】幻想と民謡の文学 ― ロマン主義

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ『氷の海』

美術や音楽にも登場するほか、さらに日本の文学運動でも重要な文学思潮として認められ、誰しもその名前は聞いたことがあるであろう「ロマン主義」

「浪漫」や「ロマンチック」といった語を連想する方もいるかもしれないが、これらは「ロマン主義」とは異なるものなので注意しておきたい。

今回はこのロマン主義、とりわけその成立背景や特徴、さらにロマン主義を代表する作家について、重要な点に絞って紹介していく。

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ロマン主義とは?

ロマン主義絵画を代表する画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒによる『雲海の上の旅人』(1818)

ロマン主義のドイツ語「Romantik」は語源的には、ラテン語「lingua romana」に由来するもの(古フランス語ではromanz)であり、民衆言語の文学を指す。

これはラテン語で文学作品が多く書かれていたことが背景にあるのだが、のちに啓蒙主義に見られた理性信仰に対立する運動へと結びつけられていく。

また、シュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒涛)運動における中心的な概念、たとえば「幻想」や「自由」、「想像力」などが、ロマン主義においても重要視された。

絵画や音楽の領域にも影響を及ぼしていくロマン主義であるが、注目すべきは過去への憧憬、とりわけ中世の時代を美化する姿勢であった。

ロマン主義の発展

ロマン主義は大きく分けて、初期ロマン主義、盛期ロマン主義、そして後期ロマン主義に分類される。ここからはそれぞれの特徴や、代表的な作家について見ていこう。

初期ロマン主義 Frühromantik(1798-1804)

哲学者フィヒテ

ロマン主義の思想的土台として、哲学者ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ(Johann Gottlieb Fichte, 1762-1814)による影響にまず目を向ける必要があるだろう。

イェナ大学教授フィヒテの哲学の軸は、いわゆる「主観的観念論 」にあり、これは端的に言えば世界の存在を個人(主体)である「自我 Ich」の活動を通して捉えるというもの。

そしてフリードリヒ・シュレーゲル(Friedrich Schlegel, 1772-1829)はイェナにて『アテネーウム』Athenäumという雑誌を創刊。これはロマン主義の思想を展開する場として機能した。

そしてノヴァーリス(Novalis, 1772-1801)も初期ロマン主義を代表する詩人であり、日本では『青い花』として親しまれる『ハインリヒ・フォン・オフターディンゲン』(Heinrich von Ofterdingen, 1801)が代表作。

ここで挙げる作品については、後ほどそれぞれ解説していくよ。

盛期ロマン主義 Hochromantik(1804-1818)

グリム兄弟(左・ヴィルヘルム、右・ヤーコプ)

この時期のロマン主義文学を特徴づけるのは、「民謡詩 Volkspoesie」と呼ばれるものや、「メルヒェン Märchen」など。

この時期の詩人として特筆すべきはまず、ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ(Joseph von Eichendorff, 1788-1857)とアヒム・フォン・アルニム(Achim von Arnim, 1781-1831)。

そしてグリム兄弟(Jacob / Wilhelm Grimm)は民衆の間で語り伝えられてきた物語を編纂し、『童話集』(Kinder- und Hausmärchen)を発表する。

さらにクレメンス・ブレンターノ(Clemens Brentano, 1778-1842)もこの時期を代表する人物であり、彼がアルニムと共同で手がけた古謡集『少年の不思議の角笛』(Den Knaben Wunderhorn, 1806-1808)も重要なもの。

後期ロマン主義 Spätromantik (1816-1835)

アーデルベルト・フォン・シャミッソー

ロマン主義の後期には、夢想非現実的な世界観が好んで主題とされる傾向にあり、死や狂気を扱った黒いロマン主義(schwarze Romantik)にも注目が向けられた。

黒いロマン主義、名前だけでも怖くなるね…

略称ではE. T. A. ホフマンエルンスト・テオドーア・アマデーウス・ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann, 1776-1822)が、後期ロマン主義を代表する作家として筆頭に上がる。

ホフマンと彼の作品については、後ほどより詳しく書いていくが、そのほかアーデルベルト・フォン・シャミッソー(Adelbert von Chamisso, 1781-1838)も重要な人物だ。

シャミッソーは『ペーター・シュレミールの不思議な物語』(Peter Schlemihls wundersame Geschichte, 1814)の作者であり、当時の文学に影響を与えたベルリンの文学サロンに参加していた。

ロマン主義を代表する作家たち

ノヴァーリス(Novalis, 1772-1801)

初期ロマン主義について書くなかで紹介したが、ここでノヴァーリスについてより詳しく見ていくことにしよう。

ヴィーダーシュテットという小さな町に生まれたノヴァーリスは、イェナやライプツィヒにて哲学を学んだほか、法律や数学、自然科学をも修めていた。

彼の作品は高度に哲学的であり、とりわけフィヒテシェリング(Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling、1775-1854)による思想が表れる。

また、22歳の頃に12歳の少女ゾフィーに恋をし、婚約を交わすも彼女は病で亡くなる。その死の影響は、彼の『夜の讃歌』(Hymnen an die Nacht, 1800)に強く表れている。

ハインリヒ・フォン・オフターディンゲン』(Heinrich von Ofterdingen, 1801)

先にも書いた通り、日本では『青い花』として知られるこの作品だが、この「青い花 blaue Blume」というモティーフは、ロマン主義の時代に憧憬のシンボルとして用いられた。

また、ハインリヒ・フォン・オフターディンゲンの名や、作品に登場する老詩人のクリングゾールという人物の名は、中世文学において有名なもの。ロマン主義において、中世が強く意識されたことを物語る。

主人公のハインリヒは、ある旅人から青い花についての話を聞き、夢の中でこの花を見る。その花はひとりの少女へと変化するのだが、彼女はハインリヒがのちに会うマティルデとよく似ており…

ノヴァーリスが亡くなったため未完であるが、未完成の作品を示す「フラグメント・断片(断章)」という概念もまた、ノヴァーリスやシュレーゲルの作品において重要なものである。

ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ(Joseph von Eichendorff, 1788-1857)

アイヒェンドルフはシレジアの貴族のもとに生まれ、家族の困窮やフランスの占領下の混乱を経験した詩人。

法学をハレで学んだあと、ハイデルベルクのロマン主義者らと交流を深め、さらにはフランス解放戦争に参加することになる。

1816年から44年までの間、プロイセンの官吏を勤めたアイヒェンドルフであるが、彼の上司らとの諍いが原因で退職する。

彼の代表的な作品には『予感と現在』(Ahnung und Gegenwart, 1815 )や『大理石像』(Das Marmorbild, 1819)などがあるが、とりわけ抒情詩が有名。

『のらくら者の生活から』(Aus dem Leben eines Taugenichts, 1826)

アイヒェンドルフの小説では最も有名なものであり、ロマン主義的な生の感情を表す作品であり、さらに多くの抒情詩が収録され、全体の雰囲気としては明るいのが特徴。

ある若い粉挽き屋ののらくら息子が、父親から愛想を尽かされたのち、バイオリンを持って目的もなく旅に出かける。

縁あってウィーンの城の会計係に採用されたこの息子は、ある日彼が知り合った守衛の姪を城の令嬢と思い込む。彼はこの恋を諦めて旅を続けることにするが…

E・T・A ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann, 1776-1822)

すでにこの人物については簡単に触れたが、文学のほか自ら作曲し、絵を描いたほか、法律を修めた彼はベルリンやワルシャワで官吏を務めるなど、非常に多才な人物。

黄金の壺』(Der goldne Topf, 1814)がその代表作だが、彼は「怪奇ロマン主義 Schauerromantik」の巨匠であり、『砂男』(Der Sandmann, 1817)もこれに属する。

そして注目すべきは彼の生活ぶりで、弁護士として勤務する傍ら、勤務後は大量の酒を飲みながら作家として活動するという二重生活を行なっていた。

『砂男』が収録された、怪奇短編小説集である『夜曲集』(Nachtstücke, 1817)、さらに『スキュデリ嬢』(Das Fräulein von Scuderi)や『くるみ割り人形とねずみの王様』(Nußknacker und Mausekönig)を含むゼラピオンの仲間(Die Serapionsbrüder、1819)も有名。

『黄金の壺』(Der goldne Topf, 1814)

不運で貧しい大学生アンゼルムスは、ある日のこと金緑色の輝く三匹の蛇を目にし、彼らが発する光が言葉となってアンゼルムスに語りかける。

三匹の蛇が姿を消したのち、彼の心は落ち着きを失い、すっかりと気がふれたようになったアンゼルムス。

しかし、事務官ヘールブラントや副学長パウルマンの斡旋によって、文書管理官のリントホルストのもとで筆写の仕事に就くことになったのでした。

実はこのリントホルストという人物は火の精であり、彼の三人の娘はアンゼルムスの前に現れた輝く蛇。そしてある老婆が末娘ゼルペンティーナが持つ黄金の壺を狙い…

さいごに

今回扱ったロマン主義や、これに影響を与えたシュトゥルム・ウント・ドラングが、18世紀初頭の啓蒙主義や合理主義に対する反動として生まれたということについては、すでに紹介した。

文学思潮の変遷を辿れば、その中で様々な哲学や思想が、作品と密接に結びつきあっていることに気づくだろう。とりわけロマン主義の文学はその傾向が強い。

いずれまた、ロマン主義の思想をテーマにした記事も書いていくことにしたい。

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この記事を書いた人

ドイツ語講師を務めながら、ドイツ中世からバロックの文学研究中。主要な作家・作品についての記事を書いています。

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