
トーマス・マンの短編にはどのような作品があるかな…



それでは、彼の初期作品のうち、僕のお気に入りをご紹介。
今回ご紹介するのは、トーマス・マンの初期作品にあたる『道化者』(Der Bajazzo. 1897)。
この作品が発表された当初、22歳だったマンによる短編であり、マンの自伝的な要素も含む作品の一つだ。
理論社から出ているトーマス・マンのショートセレクションに収録されているので、ぜひ読んでみてほしい。
著者について


北ドイツの都市リューベックに生まれたトーマス・マン。
彼の両親が熱心な読書家であったことから、幼い頃から本に親しみながら育った彼は、高校を中退後に保険会社にて働きながら執筆を行なった。
1894年から保険会社の見習いとして働き始め、その傍ら小説を描き続けたマン。処女作品である短編小説『転落』(Gefallen, 1894)が、ライプツィヒの文芸雑誌『社会』に掲載される。
1901年に『ブッテンブローク家の人々』が発表されると、この作品は非常に多くの読者を集め、マンは一躍ベストセラー作家となることに。


あらすじ
旅


ほぼ30歳になる語り手は、自分の幼少期について語りはじめる。
ピアノを弾く母と事業で成功した父との間で育った彼は、自分の部屋に閉じこもって人形舞台で遊ぶのを好んだ。
両親が立て続けに亡くなったのち、遺産を手にして彼はドイツを離れ、さまざまな地を訪れたのち、25歳で帰路につく。
新しい生活のなかでは、文学雑誌を読み耽り音楽に親しみながら過ごしていたが、ある日馬車に乗った若い婦人と老紳士を目にする。
失恋


オペラ座で偶然、以前目にした夫人を見つけた語り手だったが、その場には彼の父であろう老紳士と、二十代後半の紳士がいるのだった。
婦人とこの紳士の親しい様子を見ながら、語り手は彼らと哀れな自分の境遇を対比させていく。
語り手は親娘のあとをつけ、その父が法律顧問官ライネルであることを知り、さらにはその娘であるかの婦人、アンナに接近することを決める。
しかし、社交の場で彼女に話かけようと試みた語り手は、突如惨めな気分に襲われ、なに一つ関係を発展させることができない。
そして後日、アンナとオペラ座で見かけた紳士の婚約が新聞の中で発表されたのを、気落ちした語り手は目にするのだった。
Point
道化


この作品のタイトル通り、主人公自身の性格がもつ、道化としてのあり方が物語の重要な位置を占めている。
成績の優れない主人公の様子から、父は彼を商人の見習いに行かせようと考えるが、本人の人々に対する道化的な振る舞いが、商人としての生業に向いていると考えたのだ。
上層階級に生まれたという自意識を持つ彼は、見習いとして材木店に入ったのちも、親類や知人との関わりの中で優越感に浸っていた。
彼等の狭量をあざけりながら、いっぽうでは気に入られたい気持から、彼等を調子のいい愛想でもてなして、彼等すべてがおれの性行に対して示す漠とした尊敬――みんなは不確かながら、おれの性行に、なにか反抗的な奇矯なところがあるらしく思っていたのである――
こうした他者に対する嘲りの視線と、気に入られたいという欲求が、主人公の道化的な振る舞いとして表れる。その矛盾した内面が、この箇所にある「奇矯なところ」の要因なのであろう。
破滅


主人公のアンナへの接近が失敗に終わったとき、彼は自分の終わりを思う。新聞でアンナの婚約を知ったことすら、その感情に何も変化を加えないほどだった。
彼は彼女への恋を自分の虚栄心からくるものと考え、ここから他者への嫉妬や自蔑の念が生まれ、その口実としてそれを恋を呼ぶのだと語る。
ああ。おれは――まさにおれこそは、圏外へ退いて「社会」を無視する権利はなかったのだ。社会の蔑視と黙殺とをこらえるには、あまりに見栄坊だし、社会の喝采なしには暮せないこのおれは。――しかしこれは権利があるなしの問題ではないのかな。そうではなくて、必然性の問題なのかな。そしておれの役に立たぬ道化癖は、どんな社会的地位に置かれても、用をなさなかったのかしら。まあそれはともかく、おれはまさに道化癖のために、どうしても滅亡せざるを得ないのだ。
これは先に書いた道化としての主人公のあり方と関わるもので、彼の周囲に対する軽蔑と、それに気に入られることを望む、彼の道化的心理。
それは主人公の生きる世界において、どの社会的階層において、無価値なものとして表れる。それが彼の虚栄心や恋といった心理と結びつく点が興味深い。
さいごに
今回取り上げた『道化者』は、『魔の山』のような長編と比べると分量的にかなり読みやすく、さらにマン作品では数少ない一人称の形式で語られるものであり、一読の価値があるだろう。
他の一人称の語りで綴られた作品は『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』(Bekenntnisse des Hochstaplers Felix Krull, 1922 / 1954)であり、かなり前にこれについての記事も書いた。
ただ、その時はあまりにも内容面で不備がある気がしたので、近日中に修正して改めて掲載することにしたい。『道化者』と近い要素もたくさんあるため、よければ『クルル』もぜひ。



ぜひ読んでみてね!



