谷川多佳子『メランコリーの文化史』〜メランコリーの全体像を掴むために〜

メランコリーと聞くと、自然と憂鬱な様子を思い浮かべるだろう。

例えば「メランコリックな音楽」といった表現は、僕たちが普段から聞くものだ。それでは、そもそもこの「メランコリー」とは何だろう?

今回の書籍では、メランコリーの新しい側面を学ぶことができたので、少しここで紹介しておきたい。

Contents

著者について

著者の谷川多佳子はデカルトやライプニッツを中心に研究する日本の哲学者であり、さらに筑波大学名誉教授という肩書を持つ思想研究の泰斗。

パリでの研究を終えたのち、北海道大学や流通経済大学での勤務を経て、筑波大学の教授に就任する。1993年に博士号を取得したのち、2012年に定年退任。

デカルトやライプニッツの著作の翻訳を数多く手がけるほか、今回取り上げる著作のように、思想関連の書籍も発表している。

作品の概要

メランコリーの概念が古代ギリシアで生まれたことについての解説から始まり、現代医学に至るまでにこれが経てきた変遷を辿る。

デカルト哲学の研究者による著書ということもあり、デカルトについての記述も見られ、その他ライプニッツやモンテーニュといった思想家におけるメランコリーについても言及される。

さらに、シャルコーやフロイトによる精神分析の紹介を通じて、メランコリー理解が現代の精神医学に結びつく過程が示されていく。

Point

『メランコリアI』

本書で紹介されているメランコリー史の流れと芸術作品の関わりを見るうえで、アルプレヒト・デューラー(Albrecht Dürer, 1471–1528)の手による『メランコリアI 』は見逃せない。

メランコリーについて論じたテクストでは、必ずといってもいいほど取り上げられる本作品だが、谷川はこれを幾何学の観点から見つめる。

図像内の定規やコンパスなどは幾何学を表すものであるとともに、憂鬱のポーズをとる天使が持つ羽は、その幾何学の力を示し出すものというのが、谷川の解釈である。

デューラーのこの作品はかなり以前から知っていたこともあり、これについて新たな視点から考え直す機会になった。

また、最近は国立西洋美術館で行われた、デューラーによる版画の企画展も見れたことも、このテーマへの関心を大いに高めてくれた。

バロックとメランコリー

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ『聖テレジアの法悦』
Livioandronico2013 – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=42011287による

谷川のメランコリー論で個人的に重要と感じたのは、バロックとメランコリーの繋がりについて。それは、バロック文学を研究する身としては当然なのだけど。

そもそも彼女の著作を手に取るきっかけとなったのは、バロック音楽を扱うコンサートにてバロック文学とメランコリーの結びつきについてお話しする機会を得たため。

第三章では、バロックの時代における「想像力」に焦点が向けられる。想像力は当時の魔術や悪魔信仰の根底を成すとともに、メランコリー・狂気につながるものであった。

また、バロックを特徴づけるのは、アレゴリー的な想像の世界だ。こうした考えは、ヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin, 1892-1940)による『ドイツ悲劇の根源』(1928)に由来する。

バロック期において、メランコリーによる心的緊張を最もよく表すのは、当時の「悲劇」という舞台ジャンルであったとベンヤミンは語る。

残念ながら、ここでバロック悲劇について掘り下げることはできないので、後ほど個々の作品をじっくりと紹介していくような記事を書きたい。

さいごに

先にも触れたが、まもなくメランコリーと音楽、そして文学について話すために登壇する時がやってくる。そのために必要な知識をこの本は養ってくれた。

もちろん、谷川のこの著作はメランコリーが何なのかを知るための入り口にしかならないものの、テーマに合わせてメランコリーの世界を探求する機会を与えてくれるはず。

僕個人としては、今後はメランコリーとバロック悲劇についての研究を開始するための糸口として、この本を読むことができた。

もしメランコリーの全体像に触れたいという方がいれば、ぜひお勧めしたい一冊だ。

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この記事を書いた人

ドイツ語講師を務めながら、ドイツ中世からバロックの文学研究中。主要な作家・作品についての記事を書いています。

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