2012年に映画『レ・ミゼラブル』が日本でも大人気を博した。
当時は二十歳になるかならないかだった僕は、誰かとこの映画を見に行ったのを覚えている。アン・ハサウェイの演技に感動した。
ぼんやりとした記憶しか残っていないが、原作は長らく読むことはなく、買っておきながらもずっと読み始めることはなかった。
この長い長いストーリーについて、一つの記事だけでまとめるのは無理に感じたので、岩波の各巻ごとに書いていこう。
著者について
ヴィクトル・ユーゴー(1802-1885)は18世紀のロマン主義文学を代表する作家であり、さらに政治家としても活躍。
当初はルイ・ナポレオン三世を支持していた彼であったが、彼がクーデターで議会を解散するなどした頃には、ナポレオン三世に対する反対者となっていた。
その代表作は今回の『レ・ミゼラブル』(1862)のほか、ユーゴーの名を広く知らしめた『ノートルダム=ド=パリ』(1831)。
あらすじ
ディーヌの司教であるミリエルのもとを、ある男が尋ねる。この男は19年の長い牢獄生活を経て、出獄したジャン・ヴァルジャンであった。
飢えた彼は司教に食事を与えられるも、それには飽き足らずに司教の館から銀の食器を盗み出す。しかし彼はのちに憲兵に取り押さえられるも、司教は彼を許すどころか、燭台をも彼に渡す。
改心したジャンはマドレーヌと名乗り、工場の経営を成功させて財をなし、周囲からも慕われて市長に任命される。
しかし彼の目の前に現れたのは、かつて娘を悪徳なテナルディエ夫婦に預け、多額の金を彼らから要求されているファンティーヌ。ジャンはその娘を母の元に連れ戻すために動き出す。
Point

ネタバレを含みます。
ジャンの回心


ジャン・ヴァルジャン 画: ギュスターヴ・ブリオン
岩波文庫版の第一巻でのメインといえば、ジャンについての描写。そしてその回心の様子だろう。
彼の盗みを全く責めないだけでなく、さらに彼に対して物を恵むような司教に接し、過去の自分を捨て去って新しい人生を歩む。
後に自分とは別の人物がジャン・ヴァルジャンであると疑われ、裁判にかけられる時、自らの素性を明かすべきかの葛藤に陥る姿もまた、本書の肝。
市長としてのジャンと、彼を追う警視ジャベルの関係もまた、次巻以降でも重要となるジャンの逃走劇を読むうえで重要な要素だ。
ファンティーヌ


物語の中で、とりわけファンティーヌをめぐるエピソードは印象的。彼女の生涯も壮絶なものだった。
テナルディエ夫婦が極悪で、ファンティーヌの娘コゼットを預かったあと、ありとあらゆる理由をつけて彼女から金を搾り取る。
彼女は結局ジャンに看取られながら息を引き取るのであるが、彼女のために奔走するジャンの様子も魅力的だ。
映画版で彼女がコゼットのために髪の毛や歯を売ってしまう様子が目に焼き付いている。(むしろ、そのシーンしかよく覚えていない。)
警視ジャベル


ジャンを追うジャベルの存在感もまた、物語の肝であると思う。とりわけ、市長マドレーヌの正体がジャンであると明らかになったときの変貌ぶりが凄まじい。
これと好対照をなすのは、二人がまだ市長と警視という間柄であった時の頃。書斎で市長に対し、彼がジャンであると疑ったことに対して強い責任を感じ、これを本人に打ち明けるほど。
そして同時に、彼がすでに市長がジャンであると薄々勘付いていたこともまた、その有能ぶりを窺わせる。彼を前にして、その正体を隠し続けてきたジャン自身の心境はどのようであったろう。
さいごに
今回は岩波版『レ・ミゼラブル』の第一巻を取り上げて書いてきた。古本で購入してから、もはやどこで買ったか覚えてないほどの時間が経ってしまった。
映画の中でのぼんやりした記憶と比べながら読み進めていくと、原作の展開がとてもゆったりしているような印象だった。
次の巻についても、さっそく書いていくことにしたい。



