【聖書】マルコの福音書〜キリストの復活と弟子たちとの対話

前回『マタイの福音書』についてのご紹介をしましたが、今回はこの書物の基礎になったとされる、『マルコの福音書』について。

成立年代やマルコという人物については様々な説があるようですが、まずはこの作品についての簡単なデータを見ていきましょう。

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マルコの福音書とは?

この福音書について問題となるのが、まず先に書いたような著者マルコという人物。その存在については、確かなことは何もわかっていません。

70年ごろの成立とする論もあるようですが、こちらも未確定なまま。さらにその成立の場所についても、明らかにはなっていないのが現状。

そして、合計四つある福音書のうち、『マルコ』が一番最初に書かれたとする「マルコ優先説」は、福音書を読み進めるうえで重要な点でしょう。

あらすじ

マルコの福音書ではキリスト・イエスの誕生は描かれず、バプテスマを与えるヨハネがヨルダン川でイエスがバプテスマを受けるところから始まる。

イエスは悪霊に取り憑かれた者を自由にし、亡くなった少女を蘇らせるなどの様々な奇跡を行うが、ヨハネはヘロデによって命を奪われる。

十二弟子のひとりであるユダは、イエスを殺そうと狙う祭司長らに彼を売る。イエスは十字架につけられ亡くなるが、のちに蘇って弟子たちの前に姿を現す。

Point

レギオン

他の福音書と比べて、分量的にコンパクトなマルコの福音書。

ですが、譬えを用いて弟子たちに語りかけ、立法学者らと論争をし、最終的に十字架に架けられるイエスの姿は他の福音書と同様にドラマチック。

印象的な箇所は多いですが、その中でも特に2,000匹の悪霊に取り憑かれた人を癒す箇所は、幼少期に読んでから鮮明に覚えています。

また、この2000という数字が出てくるのはマルコならでは。悪霊は2000匹の豚に入り、湖へなだれ込んで死ぬという、インパクト大なシーンです。

弟子との対話

キリストの生涯に欠かせないのが、彼の弟子の存在。彼らは師から幾たびも叱られ、少しかわいそう。

常に近くにいる存在でありながらも、キリストがどのような目的を持つのかを理解できない、人間らしい様子を見せます。

そして、その中にはかの有名な裏切り者のユダがいるのですが、彼の罪には人間の持つ弱さが最も強く表れているのです。

しかし、人の子を裏切るその人はわざわいです。そういう人は、生まれてこなければよかったのです。

新改訳聖書2017, 『マルコの福音書』, 24章21節.

これは最後の晩餐でのイエスによる言葉ですが、弟子たちに向けられてきた、過去の数々の様々なお叱りの言葉よりも遥かに強いもの。

これを聞くユダの心境はいかなるものだったか、これを読む人の想像に委ねられていますが、とても気になるところです。

復活

福音書のメインはやはり、イエスの十字架上での死と、彼の復活。そして特に気になるのが、それを見た周囲の反応でしょう。

弟子たちとの対話について少し取り上げましたが、復活後の彼らの反応を見てみると、その復活を信じなかったがために、再びイエスに叱られます。

天に上げられたイエスを目にし、弟子たちは宣教へと歩むのですが、彼らの向けられた次の言葉は、同時に人々全体へのものとして理解できそうです。

信じてバプテスマを受けるものは救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。

新改訳聖書2017, 『マルコの福音書』, 16章16節.

さいごに

今回は福音書の一つである『マルコ』について書いてきましたが、いかがでしたでしょうか。

福音書ごとの比較には様々な「気づき」があり、イエスや彼を取り巻く弟子たちのような人々の描かれ方の違いは、とても興味深いものです。

すでに聖書を読んだことがある方も、それぞれを読み比べてみると新しい発見があるかもしれませんね。

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この記事を書いた人

ドイツ語講師を務めながら、ドイツ中世からバロックの文学研究中。主要な作家・作品についての記事を書いています。

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