今回取り上げるのは、F・スコット・フィツジェラルド(Francis Scott Key Fitzgerald, 1896 – 1940)の代表作『華麗なるギャツビー』(The Great Gatsby, 1925)。
映画化も繰り返し行われ、ディカプリオが演じるギャツビーの姿がとても印象強く記憶に残っている。(この作品の中でのギャツビーは、僕が読む間ずっとディカプリオだったほど。)
それではさっそく、著者のプロフィールとあらすじについて、簡単に紹介することから始めてみたい。
著者について

1896年にミネソタ州のセントポール市に生まれたフィツジェラルドは、10代の頃から作品を描き始め、学生時代や陸軍時代を通じて執筆を続けていく。
第三の長編作品にあたる『華麗なるギャツビー』が発表された当初、この作品が多くの支持を得ることはできなかった。ゼルダとの結婚後も、金銭的に困窮しながら短編を書くなどしていた。
大恐慌を経て、フィツジェラルドの作品はあまり顧みられなくなり、失意の中で彼はアルコールに溺れるように。心臓発作によって、44歳でその生涯の幕を閉じるのだった。
彼の死後、自身の作品名にちなんでジャズ・エイジ(1920年代の文化を指す)の象徴として見なされていた彼は、『華麗なるギャツビー』によって、アメリカ文学を代表する作家として評価されるようになる。
あらすじ
物語はニューヨークのウェスト・エッグと呼ばれる場所に住みはじめたニックの回想から始まる。その対岸であるイースト・エッグに住むのは、ニックの昔馴染みであるトムとその妻デイズィであった。
ニックの隣の邸宅では、ギャツビーという名の人物が催す夜会が頻繁に行われていた。ある日ニックは招待を受けてこの会に参加することとなり、ギャツビーと初めて言葉を交わす。
その後、二人は親交を深めていくが、ニックはゴルフプレイヤーのベイカーから、ギャツビーとデイズィの二人がかつて恋仲出会ったことを聞かされる。
ギャツビーが邸宅を購入したのは、デイズィが入江の向こう側に住むからであった。そして彼は、デイズィとの再会を果たすために、ニックにある依頼を持ちかけるのだった…
Point
ギャツビーという男

物語の肝は、やはりギャツビーという人物と彼の恋愛。デイズィへの彼の想いや、彼女への彼の行動が作品の中心的なテーマであることは間違いない。
しかしながら、僕の関心を集めたのはとりわけ、このギャツビーという人物が持つその過去だった。人々が交わす彼についての噂も、彼の過去への興味を誘うものだった。
陸軍の将校を担ったあと、酒の密輸によって財を成した彼の過去は、トムとのデイズィを巡る口論で明かされる。そして、その際のギャツビーの「表情」は印象的だった。
ぜひ、作品をこれから読む方は、このギャツビーの素性が何なのかを意識しながら読むことをおすすめしたい。
ディズィへの愛

ギャツビーの原動力とも言える存在が、デイズィだった。彼女がいつか自分の館へとやってくるのを期待しつつ、ギャツビーは自らの富を用いて夜会を開きつづける。
そしてニックの協力のもと、デイズィと再会を果たすギャツビーであったが、そこには喜びとは異なる、喪失感めいたものがあった。
その光の持っていた巨大な意義が、いまは永遠に消滅してしまったと、ふと思ったのかもしれぬ。自分とデイズィを隔てている大きな距離に比べれば、いままでその光は彼女のすぐそばに、ほとんど彼女に触れることもできる距離にまたたいているように思われていた。(…)それがいまでは、また単なる埠頭に輝く緑の灯にすぎなくなった。彼の心を魅惑するものの数は一つ減ったのである。
フィツジェラルド(野崎考訳):『グレート・ギャツビー』, 新潮社, 124頁
物語の最後、ニックはギャツビーが目にしていた、デイズィの家の桟橋に輝く緑色の灯火に、ギャツビーが特別な意味、つまり彼の夢を見ていたことを語る。
その夢が彼の原動力でもあったのだが、その夢はニックの言うように、「彼の背後になってしまった」のだ。
さいごに
今回はフィツジェラルドの代表作である『華麗なるギャツビー』を取り上げ、作品のあらすじといくつかのポイントについてご紹介した。
冒頭にも書いたが、映画からの印象によって人物のイメージがかなり影響されてしまった感があるが、全体としてまとまりのいい内容だった。
語り手であるニックの心理描写もまた作品の読みどころ。まだ読まれていない方はぜひ、手にとってみていただきたい。

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