今回は、ノーベル文学賞作家であるヘッセの作品をご紹介。
ヘッセの小説は日本でも多く読まれていますが、有名な『車輪の下』などと比べると、『ガラス玉演戯』はとてもボリューミィ。
ヘッセの渾身の力作なので、読む価値ありです。
著者について

1877年にドイツ南部のヴュルテンベルク王国に生まれたヘッセは、幼少期から詩を作っていたそう。
14歳で神学校に入学するも、半年で脱走してしまいます。その後自殺未遂も経験し、神経科に入院。
退院後はギムナジウムに入学しますが、この学校も退学してしまい、結局彼は本屋の見習いになりますが、結局3日で脱走する羽目に。
あらすじ
作品は「ガラス玉演戯」と呼ばれる行為の名人であるヨーゼフ・クネヒトの伝記としての形式のもとで語られていく。
物語の舞台は、紀元2400年頃のカスターリエンという学芸の発展した理想郷を舞台としており、クネヒトが昇進して最高位へ到達する様子が描かれる。
頂点にまで達したクネヒトは、歴史学者のヤコブス神父や友人プリニオとの交流のすえ、カスターリエンを去って世俗に身を移すことを決断するが…
読みどころ
ガラス玉演戯
作品のポイントはなんといってもこの「ガラス玉演戯」という特殊なフレーズ。
作品のなかでこの演戯について詳しく説明されることはありませんが、それは以下のようなものだそう。
言ってみれば、オルガン奏者が学芸の粋を鍵盤《けんばん》として演奏し、画家が過去のあらゆるすぐれた精神財貨を絵具として絵をかくようなものである。
ヘルマン・ヘッセ (訳者不明) : 『ガラス玉演戯』、出版社不明、出版年不明、 解説
さて、これではなんのことやら…という感じですが、おそらくは楽器のようなものとして考えて問題ないのではないでしょうか。
ヘッセが見習い機械工だったころの町工場の主人が、ガラス玉と針金による楽器の着想を練ったことに、演戯のルーツがあるようです。
いずれにしても、このガラス玉演戯の正体がハッキリし過ぎないという点もまた、作品の奥深さを生み出す一つの要素なのかもしれません。
ワルトツェルと世俗
物語には大きく分けて2つの世界が存在します。
それは、クネヒトらをはじめとする、ガラス玉演戯を行う人々が暮らすカスターリエンと、一般の人々が生活を営む世俗の世界。
クネヒトが世俗に向ける関心が、カスターリエンでは愚かなモノとみなされてしまうほど、二つの世界は大きく隔てられています。
こうした隔たりは、クネヒトと彼の友人プリニオの間にも表れます。プリニオはかつてクネヒトとともにカスターリエンにて学ぶひとりでしたが、学校課程を終えて世俗に帰っていました。
再び二人は会うものの、彼らの心はもはや通わせあうことはできなくなっていました。
かつて十年前ふたりの青年の心中で好奇心と共感とをもって接触し合った二つの世界が、今は分裂して、結びつきようもなく、無縁になってしまった。
ヘルマン・ヘッセ (訳者不明) : 『ガラス玉演戯』、出版社不明、出版年不明
かつて熱い議論を戦わせた二人は、それぞれが住む世界の違いに影響され、互いに幻滅を感じることに。
このあと、彼らは再び会うことになりますが、プリニオとその子がクネヒトに決定的な影響を与えることになります。
おわりに
今回紹介した『ガラス玉遊戯』は、ヘッセによる最後の長編小説であり、彼の作品中最も高い地位を占め、最も高い重要性を持つ作品です。
1970年までに52万部に達し、『車輪の下』や『デミアン』などよりも遥かに多く出ているそうな。
10年間の年月をかけて書かれたヘッセの力作、ぜひお手にとってみてください。

