【ドイツ文学】トーマス・マン『ワイマルのロッテ』〜ロッテの視点から描くゲーテとの再会〜

Von Los Angeles Daily News - https://digital.library.ucla.edu/catalog/ark:/21198/zz0027z6q9, CC BY 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=117633968

今回ご紹介するのは、トーマス・マンの『ワイマルのロッテ』。

ゲーテの名作『若きウェルテルの悩み』に登場するヒロイン、ロッテのモデルであるシャルロッテが、ゲーテと再会した様子を描く作品。

1939年に出版されたこの作品は、ナチス政権下のドイツから亡命中のマンによって著されたもの。この点についても、ぜひ意識しながら読んでみよう。

婚約者のいたロッテとゲーテの恋愛は、『ウェルテル』執筆のきっかけになったよ!

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Contents

著者について

北ドイツの都市リューベックに生まれたトーマス・マン。

彼の両親が熱心な読書家であったことから、幼い頃から本に親しみながら育った彼は、高校を中退後に保険会社にて働きながら執筆を行なった。

1893年から保険会社の見習いとして働き始め、その傍ら小説を描き続けたマン。処女作品である短編小説『転落』が、ライプツィヒの文芸雑誌『社会』に掲載される。

1901年に『ブッテンブローク家の人々』が発表されると、この作品は非常に多くの読者を集め、マンは一躍ベストセラー作家となることに。

あらすじ

ホテル・エレファントにて

Von Andreas Trepte – Eigenes Werk, CC BY-SA 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1056813

1816年、ヴァイマルにあるホテル・エレファントに、50代の終わりごろになるシャルロッテと彼女の娘は訪れる。

『ウェルテル』のファンである給仕マーゲルは、シャルロッテの登場に驚きを隠せない。そしてロッテは、彼女の宿泊を知った訪問客の相手を次々とすることに。

著名人のスケッチをして旅をするミス・カズルや、枢密顧問官を務めるゲーテの秘書ドクトル・リーマー、さらにゲーテ自身の息子アウグストらとの対話が描かれる。

ゲーテとの再会

シャルロッテ 画: Christian Ahrbeck

ホテルでのロッテの様子から、ゲーテの独白へと視点は切り替わる。彼は召使のフェルディナント(前任のカルルの名で呼ばれているが)に口述筆記をさせ、書記のジョンと話し合う。

その後、彼のもとを訪れたアウグストによって、ロッテの様子を知らされたゲーテは、彼女を会食に招き、長い年月を経て再会する。

その場では、さまざまな話やコレクションの紹介し、来客を楽しませるゲーテの様子が、ロッテの視点から叙述されていく。

後日、ロッテは舞台を観に向かうが、送迎のためにゲーテが馬車で手配していた。帰りの道、その馬車には同伴しないはずのゲーテの姿があり、ロッテは彼と話し始める。

そしてその声は、ロッテの到着とともに、吐息のように消えていくのだった。

Point

フィクション

『ワイマルのロッテ』初版 
Ingve Berg / 2D-Reproduktion: H.-P.H. – Sammlung H.-P.Haack → Antiquariat Dr. Haack Leipzig → Privatbesitz., Attribution, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=21668458による

『ワイマルのロッテ』を翻訳した望月は、この作品の着想をマンに与えたであろうゲーテの日記について説明している。1

彼の解説を読んで驚いたのだが、ゲーテは1816年9月25日の日記に、ごく簡単に会食があったことを記すのみであったようだ。

その他、ホテルでのやりとり(そもそもホテル・エレファントに宿泊していない)や、登場人物が書く手紙など、マンのフィクションがふんだんに織り込まれている。

先ほど驚いたと書いたのは、ごくわずかな記事に取材したマンが、物語を展開させていった点。そのように見ると、ゲーテの姿にももちろん、マンなりのゲーテ像が表れる。

マンはゲーテの姿を通して、読者に何を伝えようとしたのかな…

ゲーテの姿

作品の要ともいうべきは、やはりロッテとゲーテの再会の場面なのだろうが、そこに至るまでのゲーテの様子が印象的だった。

ロッテのもとからゲーテの自宅へと場面が変わり、彼は自らの作品や、彼と友好的だったシラーについて独白を始める。その話ぶりや内容は、どこか「ゲーテらしいもの」だった。

次の箇所は、ゲーテの独り言の一部だが、人々が彼に対して持つ印象が表れている一方で、マンによってさらにその印象が強調されているような感を与える。

諸君は諸君をドイツと信じているが、この私こそドイツなのだ。ドイツが根こそぎ亡びるようなことになっても、私のなかにドイツは生き続けるだろう。

トーマス・マン(望月市恵訳): 『ワイマルのロッテ』(下)第七版, 岩波書店, 2002, 162頁.

この作品がナチズムが台頭していた期間に書かれたことを考えれば、あえてゲーテを理想的ドイツ人像として高め、ナチスのナショナリズムへの批判がなされているとも読める。

望月はゲーテへの批判をマンが行なったことで、作品が批判を受けたとしているが、この見解について彼は説明していないし、実際にゲーテ批判を行ったかという点も怪しい。2

ゲーテの発言に、ナチス的なナショナリズムをマンが認めている可能性については、ゲーテが否定する「諸君」のドイツ的なものについての言葉とぶつかるので、少し苦しい。

おわりに

マンの作品はこれまでにも多く読んできたが、『ワイマルのロッテ』はその中でも特殊な部類にあると思う。

個人的には読みやすいものとは言えなくて、どうしてもゲーテの独白部分などは少し忍耐が必要だった。それでもゲーテやマンに興味がある方は読んでみてほしい。

ゲーテを観察するのは、ロッテであると同時にマンでもあって、彼が持つゲーテのイメージを汲み取ることができるだろう。

  1. 望月市恵: 解説. トーマス・マン(望月市恵訳): 『ワイマルのロッテ』(下)第七版所収, 岩波書店, 2002, 357-365頁, 363頁参照. ↩︎
  2. 同上, 364頁参照. ↩︎
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この記事を書いた人

ドイツ語講師を務めながら、ドイツ中世からバロックの文学研究中。主要な作家・作品についての記事を書いています。

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